法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

🍸社長の「あげる詐欺」と、消えたロレックス

「おい佐藤、今期の売り上げ達成、見事だったな!」
深夜の銀座。上機嫌の田中社長(仮名)は、部下の佐藤(仮名)と高級クラブで祝杯をあげていた。
酒が入り、気が大きくなった社長は、腕につけていた300万円のロレックスを外し、高らかに宣言した。

「よし、褒美だ! この時計、お前にやるよ!」
佐藤は驚いたが、社長の悪い癖を知っていた。
酒が入ると気前が良くなるが、翌朝にはケロリと忘れているのだ。(また始まった……まあ、明日返せばいいか)
「えっ、いいんですか? いただきます!」

佐藤は時計を受け取った。
しかしその直A後、佐藤の携帯に借金の督促メールが届く。
魔が差した佐藤は、その足で深夜営業の買取店へ向かい、そのロレックスを200万円で売却してしまった。

翌朝。 素面(しらふ)に戻った社長は青ざめた。
「おい佐藤、俺の時計を知らんか?」
「え? 社長、昨日僕に『くれる』って言ったじゃないですか。だから売っちゃいましたよ」
「バカ言え! あんなの酒の席の冗談に決まってるだろ! 返せ!」

しかし、時計はすでに買取店(第三者)の手に渡っている。 果たして社長は、ロレックスを取り戻せるのか?

⚖️「冗談だった」は通用しない? 法律が定める驚きのルール

①「冗談」は原則として「有効」?!(心裡留保)

このケース、法律的には**「心裡留保(しんりりゅうほ)」**という難しい名前の問題になります。 簡単に言えば、「本心ではないこと(嘘や冗談)をあえて言うこと」です。

民法93条では、驚くべきルールが定められています。

原則:冗談でも「あげた」ことになる(有効)

なんと、嘘や冗談であっても、一度口に出した以上は「有効」とするのが原則です。「冗談でした」で何でも済まされたら、取引相手がたまったものではないからです。

例外:相手が「冗談だ」と知っていたら無効

ただし、相手(佐藤)が「これは冗談だな」と気づいていた場合(悪意)、あるいは普通なら気づけた場合(有過失)は、契約は「無効」になります。
今回、佐藤は「また始まった」と気づいていたので、社長と佐藤の間では、この贈与は「無効(時計は社長のもの)」です。

ここまでは、改正前と同じです。問題はここからです。

②転売されたら取り戻せない?(第三者保護の明文化)

社長にとって最悪なのが、佐藤が事情を知らない買取店(第三者)に売ってしまった点です。
ここで、改正民法で新設された「第三者保護規定」が適用されます。

改正民法93条2項
前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

もし、買取店が「佐藤が社長から冗談でもらったものだ」という事情を知らず(善意)に買い取っていた場合、社長は「元の契約は無効だったから、時計を返せ!」と店に言うことができません。

【ここが変わった!改正のポイント】

  • 旧民法: 条文になく、裁判例で処理されていたため、解釈が揺れることがありました。
  • 改正民法: 「善意の第三者は守られる」とハッキリ条文に書かれました。しかも、第三者に「過失(不注意)」があっても、知らなかったなら保護されると解釈されます。

結論: 社長は、買取店からロレックスを取り戻すことはできません。 (※佐藤に対して「代金をよこせ」と損害賠償請求することは可能です)

「嘘をついた側(社長)」と「何も知らない店(第三者)」なら、店を守ろうというのが法の正義なのです。

③「泥酔して記憶がない」は通用するか?(意思無能力の明文化)

「昨日は泥酔していて、記憶が全くないんだ! だから無効だ!」
社長はそう叫ぶかもしれません。
ここで登場するのが、改正民法で明文化された「意思能力(3条の2)」の規定です。

(意思能力) 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

これだけ読むと、「泥酔していれば無効にできそう」と思えます。
しかし、実務の壁はそんなに低くありません。

裁判所は、「記憶がない」ことと「意思能力がない」ことを区別します。
たとえ翌朝記憶がなくても、その場で「時計を外す」「手渡す」「会話が成立している」といった行動が取れていれば、「意思能力はあった(単に気が大きくなっていただけ)」と判断されることがほとんどです。

つまり、社長は「意思能力無効(3条の2)」で逃げることは難しく、結局は先ほどの「冗談(心裡留保・93条)」の問題として扱われます。
その結果、「冗談だったけど、善意の第三者に渡ってしまったから取り戻せない」という最悪の結末を迎えることになるのです。

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「冗談」のリスクが可視化されました

今回の改正は、新しいルールを作ったというよりは、「今まで裁判官が頭の中で考えていたルールを、誰でも読める条文にした」という意味合いが強いものです。

しかし、条文になったことの重みはあります。 「心裡留保の第三者保護」が明記されたことで、「軽はずみな嘘や冗談を言う人(表意者)は、何かあった時に権利を失いやすい」という姿勢がより明確になりました。

「酒の席の話だから」は、法廷では通用しないこともあります。
高価なものを「あげる」なんて冗談は、決して言わないようにしましょう。あなたの財産が、知らない誰かの手に渡ってしまうかもしれません。

💡 実務的ワンポイント

 もし、酒席などで高価なものをやり取りする話になった場合、「その場では絶対に物を渡さない」のが鉄則です。当然ですね。
酒席での大風呂敷。
翌朝、後悔しないように気をつけましょう。自戒をこめて。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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