法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)


📦きれいに使ったはずなのに

「先生、納得がいきません。私が払う必要、本当にあるんですか?」
来月、マンションを退去する予定の由美(仮名)は、不満げに契約書を指差した。

「私、部屋はすごくきれいに使っていたんです。タバコも吸わないし、ペットもいません。週末には必ず掃除機をかけていました。それなのに……」
彼女が指差した特約事項の欄には、『退去時、借主はハウスクリーニング費用として一律55,000円(税込)を負担するものとする』と書かれている。

「友達に聞いたら、『普通に生活して汚れた分は、大家さんが払うのが法律のルールだよ』って言われたんです。だったら、この5万5千円は払わなくていいんですよね?」
由美の期待に満ちた眼差しに対し、弁護士は契約書の日付と署名欄を確認し、慎重に言葉を選んだ。

「由美さん、お気持ちは痛いほど分かります。確かに法律の原則は『大家さん負担』です。ですが、この契約書にハンコを押してしまっている以上、『3つの条件』を満たしているなら、支払わなければならない可能性があります。」

「3つの条件……ですか?」

「ええ。逆に言えば、その条件を満たしていない特約なら、ハンコを押してあっても無効にできるかもしれません。 一緒に確認してみましょう。」

⚖️ 原則は「大家負担」。でも「特約」は有効?

引越しの際、最もトラブルになりやすいのが「原状回復費用」です。
結論から言うと、「契約書に特約があっても、すべての請求が有効になるわけではありません」。
ここでは、改正民法の「原則」と、それが覆る「特約(例外)」の境界線を解説します。

法律の原則:「普通に使った汚れ」は払わなくていい

まず、基本的なルールを確認しましょう。 2020年の民法改正により、原状回復のルールが条文で明確化されました(民法621条)。
(賃借人の原状回復義務) 賃借人は、……損傷を原状に復する義務を負う。ただし、通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。

借主が払うもの(損傷)
不注意で壁に穴を開けた、飲み物をこぼしてシミを作った、タバコのヤニなど。

大家が払うもの(通常損耗)
家具の設置跡、日焼け、次の入居者のための一般的なハウスクリーニング。

原則として、ハウスクリーニング代は「次の入居者を迎えるための準備費用」なので、大家さんが負担すべきものです。

「特約」が有効になるための3つの条件

しかし、実際の契約書の多くには「退去時のクリーニング費用は借主負担」という特約(クリーニング特約)が入っています。
最高裁の判例(平成17年など)や国交省ガイドラインでは、以下の3つの条件をすべて満たしている場合、特約は「有効」と判断される可能性が高くなります。
単に、借主負担とすると書いてあるだけでは不十分なのです。

条件①:金額が明記されているか(明確性)
「実費を負担する」といった曖昧な表現ではなく、「一律〇〇円」「〇〇円/㎡」など、あらかじめ金額が誰にでも分かるように書かれている必要があります。

条件②:暴利的でないか(合理性)
金額が相場と比較して、不当に高額すぎないかどうかが問われます。 (※相場は地域や清掃範囲の広さによりますが、例えばワンルームで3~5万円程度が一般的。これが10万円となれば暴利的とされる可能性があります)

条件③:借主が納得して契約しているか(説明と合意)
 「本来は大家負担だけど、この契約ではあなたが払うんですよ」ということが重要事項説明書などで説明され、借主がそれを理解して署名捺印している必要があります。

由美さんのケースは「55,000円」と明記されており、広さに対して相場の範囲内であれば、有効と判断される可能性が高いでしょう。

📝 【実践編】払う前に確認!特約有効性チェックリスト

あなたの契約書と照らし合わせてみてください。以下の項目に「NO」がある場合、交渉の余地があります。

  • 金額の明記: 契約書に「具体的な金額」が書かれていますか?(「実費」や「要見積もり」になっていませんか?)
  • 範囲の特定: 「クリーニング代」なのか「原状回復費用一切」なのか、範囲が明確ですか?
  • 説明の有無: 入居時(契約時)に、「本来は貸主負担だが、特約で借主負担になる」という説明を受けましたか?
  • 金額の妥当性: 部屋の広さに対して、金額は常識的ですか?

🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点

「契約書」は絶対ではない
「ハンコを押したら終わり」と思っている方は多いですが、消費者契約法などの観点から、消費者に一方的に不利な契約(暴利的な特約など)は無効になることがあります。
特に「ハウスクリーニング代」は、トラブル防止のために定額化されていることが多いですが、それが「相場より著しく高い」場合や「説明不足」の場合は争う余地があります。
これから部屋を借りる人は、「退去時のクリーニング代」も家賃の一部だと割り切って、トータルコストで判断するのが賢明です。 そして退去時には、言われるがままに払うのではなく、一度「この金額の根拠は?」と立ち止まって確認する癖をつけてください。

文書作成者

佐藤 嘉寅

弁護士法人みなとパートナーズ代表

プロフィール

平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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