法改正トピック|2020年民法改正(令和2年4月1日施行)

😱届いた請求書は25万円
「先生、これを見てください……」 相談室に入ってくるなり、アパートオーナーの田所は、一枚の請求書をデスクに広げた。
その額面は、258,000円。摘要欄には『エアコン交換工事代金(最上位AIモデル・お掃除機能付)』とある。
「入居者の馬場さんからなんです。『エアコンが壊れて、猛暑で死にそうだったから買い替えた。代金を払ってくれ』って。」
田所は頭を抱えた。 「もちろん、エアコンが壊れたなら直しますよ。大家の義務ですから。でも、私に一言の連絡もなく、勝手にこんな……」
田所が普段入れているのは、6万円程度の標準モデルだ。
しかし馬場さんが入れたのは、有名メーカーのフラッグシップモデル。AIが気流を制御し、フィルターも自動洗浄、さらに空気清浄機能までついた最高級品だった。
「馬場さんは言うんです。『連絡したけど繋がらなかった』『熱中症の危険があったから緊急避難だ』って。たしかにその日、私は法事で数時間電話に出られませんでした。でも、たった数時間ですよ?」
田所は悔しそうに声を荒げた。
「急いでいたのは分かります。でも、だからといって、私が頼みもしない25万円の高級機種の代金を、全額払わなきゃいけないんですか? これじゃあ、やったもん勝ちじゃないですか!」
⚖️勝手な交換は許される? 大家さんの支払い義務はどこまで?
今回の田所さんのように、「入居者が勝手に修繕を行い、高額な費用を請求してきた」というトラブルは少なくありません。 2020年の民法改正により、賃借人の「修繕権」が明文化されたことが背景にあります。
このケースで問題となるのは、以下の2点です。
- 勝手に交換したこと(修繕権限の有無)
- 高級機種にしたこと(費用の償還範囲)
入居者が「勝手に直す」ことが許される場合とは?(民法607条の2)
原則として、物件の修繕は大家さん(賃貸人)が行うものです。しかし、改正民法では、以下のケースに限り、入居者(賃借人)が自分で修繕することを認めています。
- 大家に通知したのに、直してくれない時: 「壊れました」と伝えたのに、大家さんが相当の期間放置した場合。
- 急迫の事情がある時: 今のままでは生活できない、生命に関わるなど、悠長に大家さんを待っていられない場合。
今回のケースでは、「猛暑でエアコンが壊れた」という状況は、熱中症のリスク等を考慮すると「急迫の事情」にあたる可能性が高いといえます。
また、電話に出られなかった事情があるとはいえ、入居者からすれば「連絡がつかない」状況でした。
したがって、入居者が自分でエアコンを交換したこと自体は、適法な修繕権の行使とみなされるでしょう。
大家さんは「25万円」全額を払う必要があるか?
ここが最大のポイントです。
入居者が適法に修繕した場合、その費用は「必要費」として大家さんに請求できます(民法608条)。
しかし、請求できるのはあくまで「必要費(原状を回復するために必要な費用)」に限られます。
- 支払う義務がある範囲: 元のエアコンと同等の機能を持つ「標準的な機種」の代金+標準工事費(例:約6~7万円)。
- 支払う義務がない範囲: 入居者が勝手にグレードアップした「AI機能」「お掃除機能」などの付加価値分(例:差額の約19万円)。
つまり、田所さんは「標準的な交換費用(約6万円)」だけを支払えばよく、残りの差額については支払いを拒否することができます。
勝手に行われたグレードアップ分は、大家さんにとっての「必要費」ではなく、入居者の趣味嗜好による「有益費(または贅沢費)」と判断されるからです。
📝 今後のトラブルを防ぐために
改正民法下では、今回のように「連絡がつかないから自分でやった」というケースが増える可能性があります。 トラブルを未然に防ぐため、以下の対策を講じておきましょう。
① 契約書でのルール作り
民法の規定は任意規定(当事者の合意で変更可能)です。契約書に特約を設けることが有効です。
- 条項例: 「緊急時の修繕については、原則として賃貸人が指定する業者が行うものとする。夜間・休日等の連絡先は〇〇(管理会社等)とする。」
- 条項例: 「賃借人が緊急修繕を行った場合の費用償還は、客観的に妥当な市場価格を上限とする。」
② 連絡体制の確保
「電話に出られなかった」ことがトラブルの引き金になります。 管理会社に委託していない自主管理の大家さんの場合、緊急時の連絡先(メール、LINE、代行業者など)を複数用意し、入居者に周知しておくことが重要です。
🐯弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
「急迫の事情」があったとしても、人の財布(大家の負担)で勝手に高級品を買うことは許されません。
もし高額請求を受けたら、まずは「標準的な見積もり」を取得してください。
「本来ならこの金額で済んだはずです。差額は負担できません」 と毅然と交渉することが、健全な賃貸経営を守る第一歩です。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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