令和7年6月30日最高裁判所第一小法廷/令和5年(受)2461号

🌲「知らないうちに、誰かの舟に乗っていた」
ポストを開けたとき、白い封筒が目に留まった。
差出人は“リーフ管理株式会社”。心当たりはなかった。
封を開けると、請求書が入っていた。
——未納管理費 180,000円
目を疑った。
「私は管理契約なんて結んでいない。」思わず声が漏れた。
この土地は、知人に頼まれて購入したまま放置していた区画だ。住む予定もなく、建物も建てていない。たまに様子を見に行くだけで、道の整備も、街灯も、ゴミ集積所も自分とは関係のないものだと思っていた。
翌週、管理会社から電話があった。丁寧な口調だったが、言葉は重かった。
「皆さまが公平に負担いただかないと、別荘地全体の維持ができないのです。」
公平。だが、自分は何も頼んでいない。契約もしていない。ただ土地を持っているだけの自分に、どうして“共同体の費用”がのしかかるのか。
「申し訳ないが、払う理由はありません。」
管理されているからこそ価値が維持されている、と言われれば、たしかにそうかもしれない。放置していれば、道は荒れ、雑草は伸び、災害時には危険な区域になっていたかもしれない。
それでも、頼んでもいないサービスに、“恩恵を受けている”と言われても、どうにも腑に落ちない。
数か月後、ついに訴状が届いた。
「不当利得返還請求」。
まるで、自分が誰かの利益を奪ったかのような言い方だ。
封筒を握りしめながら、思った。自分はいつの間にか、知らないうちに漕ぎ出した“共同の舟”に乗せられ、降りようとしても降りられない場所にいたのか。
※本記事の冒頭ストーリーは、実際の判例をもとにしたフィクションです。実在の人物・団体を直接描写するものではなく、当事者の心情に想像を交えて構成しています。
⚖️ 「契約なき別荘地の管理費」と「不当利得」
今回ご紹介するのは、別荘地の管理会社と管理契約を締結していない所有者に対し、管理会社は管理費を請求できるのか。地裁・高裁・最高裁と判断が二転三転した、実務上極めて重要な判決を解説します。
🏛️ 事件の概要
那須塩原市の別荘地において、土地を購入したものの建物は建てず、管理会社と管理契約も締結していない所有者(被告)に対し、管理会社(原告)が「管理業務によって利益を得ている(不当利得)」として、過去の管理費相当額の支払いを求めた事件です。
💬 争点:管理によって「利益」を得ているか?
最大の争点は、「契約していないのに、勝手に管理されていることで、法的な『利益』を得ていると言えるか」でした。
📉 司法判断の変遷
第1審(東京地裁):支払い義務あり(管理会社(原告)勝訴)
地裁は、以下の事実を重視しました。
- 管理されている本件土地の評価額は 1,670円/㎡。
- 管理されていない近隣地(山林等)は 20円/㎡ 程度。
- この約80倍の格差は管理業務による資産価値の維持であるとして、管理費相当額の利得を認めました。
控訴審(東京高裁):支払い義務なし(逆転敗訴)
高裁はこれを覆しました。
- 「近隣地はゴルフ場や山林であり、単純比較はできない」
- 「管理業務と資産価値維持の因果関係は不明である」
- よって、具体的な利益(利得)があるとは証明されていないと判断しました。
上告審(最高裁):支払い義務あり(再逆転・原告勝訴)
令和7年6月30日、最高裁は高裁判断を破棄し、地裁の結論を支持しました。 その理由は、単なる地価の比較を超えた「管理の本質」に踏み込むものでした。
⚖️ 最高裁の判断ロジック
最高裁は、以下の理由から不当利得の成立を認めました。
- 利益の不可分性: 道路、排水、防犯などの管理業務は、別荘地全体の基盤を支えるものであり、特定の区画だけを対象外にすることは困難である。
- 客観的な利益: 建物がなく利用していなくても、別荘地としての機能や環境が維持されていること自体が、所有者にとっての利益となる。
- 公平性の確保: 他の所有者が管理費を負担している中で、契約していない者だけが負担を免れることは不公平であり、管理制度自体の存続を危うくする。
🐯 弁護士 佐藤嘉寅(とら先生)の視点
「契約自由の原則」──これは私法の基本です。 判子を押していない契約に縛られる謂れはない。高裁の判断は、ある意味でこの原則に忠実だったと言えるでしょう。
しかし、最高裁はそこから一歩踏み込み、「共同体の中にある不動産」というリアリティを見据えました。
別荘地という一つの「船」に乗っている以上、 「自分は漕いでないし、景色も見てないから船賃は払わない」 という理屈は、他の乗客に対してあまりに不義理ではないか。 最高裁の判決文からは、法理の奥にある「コミュニティの維持と公平」への強い意志を感じます。
「権利には責任が伴う」 使い古された言葉ですが、不動産所有においては、この言葉が重くのしかかります。 所有するとは、単に登記簿に名を刻むことではなく、その土地が属する環境や地域社会の一部を引き受けること。 今回の判決は、私たちに「所有の重み」を改めて問いかけているのです。
文書作成者
佐藤 嘉寅
弁護士法人みなとパートナーズ代表
プロフィール
平成16年10月 弁護士登録
平成25年1月 弁護士法人みなとパートナーズを開設
得意分野:企業間のトラブル、債権回収全般、離婚、相続、交通事故、刑事弁護、サクラサイト被害などの消費者問題にも精通

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